日本予防医学リスクマネージメント学会
第4回憲法記念シンポジウム
「医療の安全基準」の法的問題 – 安全基準の現状と将来
(開催の背景)
近代民主主義国家の成立要素の1つである「法の下での万人の平等」は、参政権などの様々な差別に対する人々の長い歴史的戦いによって達成されてまいりました。最近、米国大統領職に有色人種の方がご就任されたことも、「法の下の平等」という政治哲学の成果です。
今日の日本の医療システムも「万人に平等な医療の提供」という点で近代民主主義の理念に合致します。しかし、現実には、すぐれた医療人は大変熱心に医療安全への取り組みを推進し、その逆の方も存在します。したがって、実際には、安全と安心の医療を万人が平等に享受しているわけではなく、安全な医療水準にも医療機関の間に格差が存在します。
この種の格差は診療の自由競争のもたらした弊害です。傷病は個人存続の危機であり、集団の持続的発展の観点からも、医療・福祉は危機管理の高度な公共事業です。したがって、国民の生命を守り、育てる医療には自由競争原理だけでは不完全で、税を利用している点でも公共としての視点が不可欠です。
他方、医療安全活動は医療人のモラルを中心に展開すればよいものでもありません。ヒューマンファクターの考え方によれば、人はどれだけ注意してもミスを起こします(「人はミスを犯す動物」)。そこで、ヒューマンファクター学では、人間が犯すミスを未然に予防する安全な環境づくりをすることにより、モラルでは防げないようなミス(たとえば、左右のうっかり違え)を予防することです。それらの安全対策を「医療の安全基準」と称することができます。
ところが、この医療の安全基準の策定と実施を医療機関の自由意思だけに任せている現状が、医療安全の格差発生の源です。限りある医療経費・資源からすれば「守るべき安全基準」の最低線が存在することが現実的ゴールですが、それは医療の公共性の観点からどうあるべきなのでしょうか?
「万人に対して等しく、いつでも、どこでも、安全な医療を提供する」ことに関して医療の安全基準がどうあるべきか、に関する議論が本シンポジウムを通じて進展することを願い、先進国医療の真の未来を皆さんで考えていただければ幸いです。
2009年3月
連盟・学会 理事長
酒井 亮二